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【兵庫】日本遺産・銀の馬車道の終着点 ”生野銀山”-前編 歴史・見どころ・ランチを紹介

今回は兵庫県・朝来市生野、生野銀山にやってまいりました。

「銀の出ること土砂のごとし」と言われたほどの産出量で、室町時代から明治時代にかけて日本の財源を支えてきた鉱山です。

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前編では予備知識として比較的最近認定が始まった”日本遺産”についてと生野銀山の歴史などを解説。また最寄りの生野駅から生野銀山までの道のりと見どころ、ランチをご紹介します。

それではどうぞご覧ください。 

日本遺産 銀の馬車道と生野銀山

日本遺産(Japan Heritage)とは?

日本遺産って最近よく聞きますよね。平成27年(2015年)から認定が始まったようです。

まずは日本遺産とはなんなのか? 文化庁からのサイトを引用してざっくりと確認しておきましょう。

地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定するものです。

「日本遺産(Japan Heritage)」について | 文化庁

ストーリーというのが一つキーワードかと思います。日本各地に数々ある史跡・遺産。それらは一つ一つすばらしい価値を持つものです。しかしそれらは元来ばらばらに生み出されたものではなく、歴史・地理などといった軸で他の史跡と関連性があるものです。それらをまとまった一つのストーリーとして認定し、国内外に紹介していくというところに"日本遺産"の狙いがあるのだと思います。

日本遺産を意識しておくと、歴史的な背景など観光地への理解が深まるほか、今まで知らなかった場所も見えてくるかもしれませんね!

 

銀の馬車道について

銀の馬車道というストーリーも日本遺産の一つです。正式には播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道。播但(ばんたん)というのは兵庫県のエリアを指す言葉ですね。

播は播磨(はりま)のこと。分かりやすく説明するならば兵庫県の南半分且つ、神戸より西のエリアです。姫路城のある姫路が代表都市。明石海峡大橋のある明石(舞子か?)、カツ飯の加古川、そうめんやっぱり揖保乃糸、たつの市。

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但は但馬(たじま)、兵庫県の北半分(1/3くらい?)のエリアのことです。但馬牛、カニ、余部鉄橋、城崎温泉、そして竹田城。あと山。

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銀の馬車道(正式名称:生野鉱山寮馬車道)は但馬の生野銀山~播磨の姫路・飾磨港(現在の姫路港)を南北に貫く約49kmの道。明治政府の官営事業として建設された馬車専用道路で日本初の高速産業道路と言われています。さらに北には鉱石の道が続き、明延鉱山、中瀬鉱山を結んでいます。

 

生野銀山の歴史 室町~明治時代まで国の財源を支えた

先ほど説明したように生野銀山は銀の馬車道の終点で、日本有数の銀山です。

銀の馬車道は明治時代になって整備されたものですが、生野銀山自体はさらに昔より銀の産出する鉱山として知られ、本格的な採掘は室町時代からなされていました。

戦国~江戸時代になっても銀の産出は衰えることなく、但馬国守護である山名氏、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった大名・将軍たちにとっても有力な財源でした。

明治時代になると生野銀山は政府によって日本初の官営鉱山と定められました。政府は外国人技師を招いて技術を導入。生野銀山を最先端の鉱山・精鉱所として確立し、日本の近代化を進めました。

その後三菱合資会社に払い下げられた後も大鉱山として稼働してきましたが、昭和48年に閉山。翌年昭和49年には観光施設として開業しました。

 

生野銀山訪問レポート

ここからは実際に生野銀山を訪れてのレポートです。まずは生野駅周辺と生野銀山までの道中の風景・見どころ、最後にランチを紹介したいと思います。

 

最寄り駅 JR播但線 生野駅 レンタサイクルを利用

生野銀山へのアクセス駅はJR播但線 生野駅です。

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丹波篠山での悲劇にも懲りず、再びレンタサイクルにトライです!

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サドルの高さもバッチリ、空気もパンパンでゴキゲンな乗り心地です!

アクセス詳細は後編にて。

 

見どころその① 生野駅周辺に残る鉱山町の街並み、トロッコ道の遺構

有名な生野銀山だけではなく、その周辺で発展した鉱山町やその他もろもろの史跡が生野駅周辺には残されています。

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こちらは山神社(さんじんじゃ)の鳥居。鉱山への信仰と結びついたものです。

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銀山から街の中心部へ向かう市川。流れに沿ってトロッコ道の跡が残されています。鉱石輸送のための電車専用道です。

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石積みで造られたアーチは日本の近代化を伝える土木構造物。

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時間の都合で行けませんでしたが、寺院が多く集まっている寺町江戸時代の町家が残っているエリアもあるそうです。

 

見どころその② 生野銀山への道中、市川沿いの風景

自転車で市川を遡っていきます。道中出会う風景もなかなか面白く、レンタサイクルならではの楽しみです。

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三菱マテリアルの生野事業所の横を通ります。明治以降、閉山するまでは三菱が生野銀山の鉱山経営を担いました。

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奥銀谷(おくがなや)銀山廻七町といって江戸幕府が生野銀山経営上の特別区と定めた町の一つです。

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こちらにも古い町並みが残されています。

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この坂を上り切れば生野銀山に到着です。自転車に乗ったままでは無理で、手で押して進みました。

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ランチは銀山食堂で山菜うどん。実はハヤシライスが名物でした。

生野銀山の入り口に到着しました。お昼になったのでランチと行きましょう。

銀山食堂さんに入ってみました。

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銀山うどん定食 ¥850。山菜が乗ったうどんとミニちらし寿司。取り立てて言うことのない普通のものですが無難に美味しくてホッとします。

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今回はこのチョイスでしたが、実は生野ではハヤシライスが名物です。

その由来ですが、生野が鉱山開発で賑わっていた際には東京から多くの職員が赴任してきました。人と同時にモダンでハイカラな文化も一緒にやってきて、その中に当のハヤシライスもあったということです。

今度訪れたときにはハヤシライスを食べたいですね。

今回はここまで。続きは次回です!

お楽しみに!

<次回の記事>

しばらくお待ちください!

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